むしろ今の日本は、補助金、長期脱炭素電源オークション、需給調整市場の高単価約定、そして系統接続申込の急増が重なった、立ち上がり期特有の歪みの中にいる。
この歪みはチャンスでもある。だが、恒久的な収益源ではない。
日本のBESS市場が本当に面白くなるのは、需給調整市場の上限価格に依存する段階を越え、容量収入、JEPXアービトラージ、需給調整市場、再エネ併設、需要家価値を組み合わせる「収益スタック」の設計力で差がつく段階に入ってからである。
1. 日本はBESS後進国なのか
商業運転中の系統用BESSストックを見ると、ERCOTや英国はすでに日本を大きく先行している。一方、日本の系統用BESSはまだ導入初期にある。
図 ─ 系統用BESS 導入量トレンド(商業運転ベース)
Operational Grid-scale BESS Capacity · 2025 Snapshot
ERCOT (2025)
~14–16 GW
Great Britain (2025)
~7 GW
Japan (2025)
~0.5 GW
Japan vs ERCOT gap
~28–32×
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この差だけを見ると、日本は遅れているように見える。
しかし、重要なのは今時点の導入量ではなく、導入方向性にある。2024年度の長期脱炭素電源オークションでは、蓄電池の応札容量は695.6万kW、落札率は20%と激しい争奪戦だった。これは案件形成が急増し、制度側の受け皿を大きく上回っていることを示している。
つまり、日本の系統用BESS市場は需要がないわけではなく、接続・制度・収益性・資本調達の制約により、商業運転まで進む案件がまだ選定的な状況である。
2. 需給調整市場の高単価は、永続的な収益源ではない
足元で、多くの系統用BESS事業者が注目しているのは需給調整市場である。高速応答が可能な蓄電池は、一次調整力、二次調整力、複合商品などで価値を発揮しやすい。
しかし、現在の高単価約定をそのまま長期収益として置くのは危険である。
2024年4月に需給調整市場の全商品取引が始まった後、応札不足が発生し、上限価格近辺での約定が見られた。これは、蓄電池の価値が本質的に高いというより、売り手が不足していた黎明期の現象と見るべきである。
制度側もこの歪みを認識している。2026年1月23日の資源エネルギー庁資料では、2026年度以降、一次・二次①・複合商品について、募集量を現在の3σ相当から1σ相当に削減し、上限価格を19.51円/ΔkW・30分から15円/ΔkW・30分へ引き下げる案が示された。さらに、競争状況に改善が見られない場合には、10円、7.21円/ΔkW・30分へ段階的に引き下げる方向も示されている。
この変更は、BESS事業者にとって短期的には逆風である。だが、長期的には市場の正常化でもある。
需給調整市場は、いつまでも黎明期プレミアムを払い続ける市場ではない。
3. 英国とERCOTが示したこと
この流れは、日本だけの特殊事情ではない。
英国では、BESSはまず周波数応答市場から拡大した。蓄電池の供給量が不足していた初期には、価格は高止まりした。しかし、蓄電池容量が増えるにつれて周波数応答市場は急速に飽和し、収益の重心はBalancing Mechanism、卸市場アービトラージ、容量市場へ移っていった。
ERCOTでも同じことが起きた。初期にはアンシラリーサービスがBESS収益の大部分を占めたが、新規BESSの大量参入により、補助サービス市場は短期間で飽和した。現在のERCOTでは、BESSの価値は補助サービス単独ではなく、リアルタイム市場、価格スパイク、混雑、充放電タイミングの最適化に移っている。
日本も同じ入口にいる。需給調整市場の高単価は、BESS市場を立ち上げる初期の誘因にはなる。しかし、それは恒久的な投資ストーリーではない。
日本市場の本当の論点は、需給調整市場のプレミアムが剥がれた後に、どの収益源を土台にするかである。
4. 土台になるのは、容量収入とJEPXアービトラージ
系統用BESSの収益は、単一の市場だけで成立するものではない。今後は、複数の収益源を組み合わせる「収益スタック」として考える必要がある。
まず、事業の下支えになるのは、長期脱炭素電源オークションや容量市場から得られる容量収入である。これは、BESSが将来の供給力・調整力として一定の役割を果たすことに対して支払われる収入であり、プロジェクトの投資回収に一定の予見性を与える。ただし、長期脱炭素電源オークションは、落札価格をそのまま20年間受け取り続けるわけではなく、卸市場など他市場から得た収益の一部を還付する仕組みがある。したがって、BESS事業者は、容量収入を安定収益の土台と見つつ、JEPXアービトラージや需給調整市場から得られる収益がどの程度手元に残るのかを見極めながら、投資回収を設計する必要がある。
次に重要になるのが、JEPXスポット市場でのアービトラージである。再エネ導入が進むと、太陽光発電が多い昼間の価格が下がり、需要が増える夕方から夜間に価格が上がりやすくなる。BESSは、価格が低い時間帯に充電し、価格が高い時間帯に放電することで、この価格差を収益化できる。もっとも、価格差がそのまま収益となるわけではない。実際には、往復効率のロス、電池劣化、充放電制約、インバランスリスク、託送料・制度費用、運用アルゴリズムの精度まで考慮する必要がある。
その上に、需給調整市場や追加的な運用収益が乗る。需給調整市場は、BESSにとって重要な収益源であり続ける可能性があるが、黎明期の高単価約定を前提にした事業計画は危うい。今後は、容量収入、JEPXアービトラージ、需給調整市場を組み合わせ、どの収益を土台にし、どの収益をアップサイドとして見るかを切り分ける力が問われる。
BESSは、価格差を取るだけの単純なトレーディング資産ではない。容量価値、市場価格差、調整力価値を組み合わせて設計する、運用型のインフラ資産である。
系統接続は極めて大きなボトルネックである
日本のBESS市場を語るとき、しばしば電池価格や補助金が注目される。もちろん重要ではあるものの、実務上のボトルネックは、どこに、いつ、いくらで、どの条件で接続できるかである。
東電PGの資料では、系統用蓄電池の接続検討申込が急増していることが示されている。再エネによる系統混雑エリア、具体的には栃木・群馬・茨城・千葉などへの申込が旺盛で、事業者が土地、負担金、工期の条件を探るため、1事業者で数百件の接続検討申込を行う例もあり問題にもなっている。さらに、混雑エリアでは負担金の高額化や長工期化により、連系申込に至らないケースも出ている。
BESS市場の勝ち筋は、単に安い電池を調達することではなく、系統接続可能性、工事費負担金、工期、土地法令、消防、PCS仕様をDDの初期段階で同時に潰すケイパビリティにある。
データセンター需要は、追い風であり競合でもある
データセンター需要の急増も、日本のBESS市場を考えるうえで重要である。
東電PG資料では、2025年8月末時点でDC供給申込が約1,500万kWに達しており、東京エリアの夏季最大需要6,000万kW程度と比較しても相当な規模であることが示されている。また、DC需要は都心50km圏内に集中する一方、太陽光を中心とする再エネはその外側に立地している。
この構造は、BESSにとって追い風である。需要地と再エネ立地がずれ、電力の時間的・空間的なミスマッチが大きくなるほど、柔軟性リソースの価値は高まる。
一方で、DCはBESSにとって系統容量の競合でもある。供給余力のある地点、変電所近傍、送電線容量、工期の短い地点は、BESS事業者だけでなく、DC事業者も狙っており、系統接続可能地点の希少性はますます高まっている。
電池そのもののコスト低下は必要条件だが、十分条件ではない
BESSの事業性には、当然ながらコストも効く。
METI系の定置用蓄電システム普及拡大検討会資料では、2024年度の系統用蓄電システム価格は5.4万円/kWh、工事費は1.4万円/kWhとされている。BESS案件の総コストには、PCS、コンテナ、EMS、受変電設備、通信設備、消防対応、土木造成、系統連系費、工事費負担金が乗る。さらに、保険、O&M、劣化保証、交換費用、サイバーセキュリティ、遠隔監視も必要になる。
日本のBESS市場では、単に「電池が安くなる」だけでは不十分であり、安い電池を、接続可能な地点に、銀行が与信可能な契約構造で、劣化と運用リスクを織り込んで組成できるかが問われる。
地域ごとに、BESSの価値は違う
日本のBESS市場は、全国一律ではない。
九州では、再エネ出力制御、系統混雑、市場分断、連系線制約が重要になる。東京エリアでは、データセンター需要、需要地近接、系統容量の競合が論点になる。北海道・東北では、再エネポテンシャルと広域送電、接続工期が重要になる。
「日本のBESS市場」という一つの平均値だけを見ても、事業性は判断できない。BESSの価値は、価格差があるかだけでは決まらない。出力制御が発生する場所と時間、系統混雑の位置、連系可能性、容量収入の有無、需給調整市場への参加可能性、そして運用制約が重なった場所で初めて、投資機会になる。
日本のBESS市場は、まだ2合目にいる
日本は今、BESS市場の第1フェーズから第2フェーズへ移行している。
第1フェーズは、補助金、長期脱炭素電源オークション、需給調整市場の高単価約定、そして案件開発ブームのフェーズだった。ここでは、早く動いた事業者が機会を得た。
第2フェーズでは、勝ち方が変わる。これから重要になるのは、系統接続の見立て、土地法令の初期DD、複数市場を横断する運用能力、容量収入と市場収益を組み合わせるファイナンス設計、そしてコストを標準化するEPC・O&M能力である。
日本のBESS市場は、まだ2合目にいる。
ただし、誰でも登れる山ではなくなりつつある。
本当に勝つのは、電池を置く事業者ではない。系統、制度、市場、運用、金融をつなぎ、BESSを「柔軟性を収益化するインフラ資産」として設計できるプレイヤーである。
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