2025 年、東京エリアで稼働する 1 MW / 4 時間の Battery Energy Storage System (BESS) が、その日の最安値の時間帯に充電し最高値の時間帯に放電した場合、年間 10,466 円/kW の理論アービトラージ収益を得られた計算になる。この水準は、2022 年のピーク(33,940 円/kW)からは 69% 低いが、2011〜2020 年の 10 年平均(9,243 円/kW)と比較すると 13% 高い。
JEPX アービトラージは、2021〜2022 年の歴史的高変動期を経て、2023 年以降、長期平均に近い水準へと回帰した。ただし、回帰した先は 10 年前と同じ景色ではない。9 エリアの順位は大きく入れ替わっている。本稿は、JEPX スポット市場の 15 年(2011〜2025)にわたる 30 分粒度公開データから計算したベンチマークに基づき、この構造を整理する。
1. 15 年トレンド
2011 年から 2025 年までの全 9 エリアの 4h 理論アービトラージ収益は、以下のパターンを示す。2011〜2020 年の 10 年平均は 8,964 円/kW/年 で、全エリアとも 6,000〜14,000 円/kW の範囲で比較的狭く推移した。2021 年に水準が急上昇(平均 21,012 円/kW/年)、2022 年に歴史的ピーク(平均 32,996 円/kW/年)に到達した後、2023 年には急速に平常水準へ回帰(平均 14,928 円/kW/年)。2024〜2025 年は 13,000 円/kW/年 台で安定している(ベースライン比 +47%)。
15Y period
2011–2025
Areas
9 (JEPX)
2025 avg (4h)
¥13,011/kW
Peak year
2022 (avg ¥32,996)
Baseline avg
¥8,964/kW (2011–2020)
Top area (2025)
Hokkaido ¥15,053
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2022 年を起点とすれば、現在の水準は極めて低く見える。しかし 15 年のタイムスパンで見ると、2021〜2022 年が歴史的な異常値であり、2023 年以降は長期平均近傍への回帰と解釈する方が自然である。
2. 2021〜2022 年の異常性
異常性の程度は、年次の日中価格標準偏差(intraday std)でも定量的に確認できる。過去 15 年の全 9 エリア平均 std の順位は以下の通りである。
| 順位 | 年 | 平均 std(円/kWh) |
|---|---|---|
| 1 | 2022 | 8.15 |
| 2 | 2021 | 5.25 |
| 3 | 2023 | 3.77 |
| 4 | 2024 | 3.30 |
| 5 | 2025 | 3.21 |
| 6 | 2011 | 2.84 |
| 7–15 | 2012〜2020 | 1.77〜2.62 |
2022 年の平均 std(8.15)は、3 位の 2023 年(3.77)の 2 倍以上にあたる。2021 年(5.25)も、2022 年に次ぐ水準である。この 2 年間は、COVID-19 からの需要回復、2021 年 1 月の電力需給逼迫警報、ロシア・ウクライナ戦争(2022 年 2 月)に伴う LNG スポット価格の急騰、国内火力発電の燃料調達制約、といった複数の構造要因が重なった期間である。
3. 構造変化 1 — 九州エリアの台頭
エリア間の収益で最も劇的な変化は、九州エリアの躍進である。
| 期間 | 九州の平均収益(円/kW/年) | ベースライン比 | 参考:平均順位 |
|---|---|---|---|
| 2011–2020(ベースライン) | 8,555 | — | 4.60(中位) |
| 2023–2025(回帰期) | 15,897 | +85.8% | 1.33(ほぼ常に 1 位) |
九州のベースライン対比上昇率は +85.8% で、全 9 エリア中最大である。他エリアは +23〜+66% の範囲にあるのに対し、九州だけが突出している。
これは、2017 年以降に本格化した太陽光発電の出力制御が、日中の価格抑制を構造的に拡大させ、日内スプレッドを他エリア以上に押し広げているためである。本ベンチマークで計測している「0.01 円以下の時間帯」の出現数も、九州が 15 年を通じて最多である(他エリアの 2〜3 倍)。九州の相対優位は再エネ導入量と系統連系容量のファンダメンタルズに紐づいており、短期で反転する性質のものではないだろう。
4. 構造変化 2 — 北海道の王座陥落
九州とは逆の現象が北海道で起きている。
| 期間 | 北海道の平均収益(円/kW/年) | ベースライン比 | 参考:平均順位 |
|---|---|---|---|
| 2011–2020(ベースライン) | 11,369 | — | 1.60(10 年中 9 年で 1 位) |
| 2021–2022(異常値期) | 30,013 | +164% | 1.50 |
| 2023–2025(回帰期) | 14,474 | +27.3% | 4.00(中位圏) |
2011〜2020 年の北海道は、10 年中 9 年で 4h 理論アービトラージ収益の 1 位を占めた「歴史的覇者」である。2023〜2025 年の北海道は、絶対水準では 14,474 円/kW/年 と依然として高いが、上昇率(+27.3%)は 9 エリア中最小であり、他エリアが 47〜86% 上昇する中で相対的に地位を下げた。北海道の優位を支えてきた要因(風力比率の高さ、連系制約によるエリアプライスの独立性)は継続しているが、他エリアで起きている構造変化の速度に比べれば相対的に変化は小さいと見られる。
5. 構造変化 3 — 東京エリアの低迷
東京は、過去 15 年の多くの期間において 9 エリア中最下位付近に位置している。
| 期間 | 東京の平均収益(円/kW/年) | ベースライン比 | 参考:平均順位 |
|---|---|---|---|
| 2011–2020(ベースライン) | 9,243 | — | 4.40(中位) |
| 2021 | 20,733 | +124% | 5 |
| 2022 | 33,940 | +267% | 4 |
| 2023–2025(回帰期) | 11,344 | +22.7% | 9(3 年連続最下位) |
東京エリアは、原発再稼働不在の中での火力依存、全国最大の電力需要規模、相対的に低い再エネ比率、といった様々な要因により、需給が安定し日内スプレッドが薄い構造にある。これは発電側から見れば安定供給の成果だが、BESS アービトラージの文脈では収益機会の少なさを意味する。
6. エリア格差の拡大
9 エリアの 4h 理論アービトラージ収益について、最も高いエリアと最も低いエリアの差(絶対額)は、ベースライン期と回帰期で明確に拡大した。
| 期間 | エリア間の差(円/kW/年) | 最高/最低倍率 |
|---|---|---|
| 2011–2020(10 年平均) | 3,452 | 1.38x |
| 2023–2025(3 年平均) | 4,742 | 1.42x |
倍率はほぼ同じだが、絶対額の差は +37% 拡大している。具体例として、1 MW の BESS 案件の場合、最も高いエリアで建設する場合と最も低いエリアで建設する場合の年間収益差は、ベースライン期の約 345 万円/MW/年(= 3,452 円/kW × 1,000 kW)から、回帰期では約 474 万円/MW/年 に拡大した。20 年の運用期間で累積すると、エリア選択の帰結は約 1 億円の収益差に相当する。立地選択のインパクトは 10 年前より大きくなっている。
7. まとめ
本稿の示唆は 2 点に集約できる。
第一に、2021〜2022 年のスプレッドは 15 年中の歴史的異常値であり、2023〜2025 年にかけて平常水準に回帰、全 9 エリア平均で概ね 13,000 円/kW/年 レンジとなった。
第二に、エリア別のランドスケープは 2017 年前後を境に大きく変わった。2011〜2016 年は北海道がスプレッドの観点で全国トップを誇っていたが、2017 年以降は再エネの導入が進んだ九州が台頭した。また、エリア間の絶対収益差はベースライン期比で +37% 拡大している。単一エリアへの集中ではなく、今後の需給トレンドを見据えた複合立地戦略が、中長期的には有効である。
8. 本 benchmark が扱っていない要素
本 benchmark は理論的な上限値であり、実稼働 BESS の net revenue とは異なる。その差を生む主な要素は以下の 4 点である。Foresight gap:完全な事後予見を前提としている。実運用では forecast accuracy に応じて 30〜50% が失われる。Round-trip efficiency:RTE = 100% 前提。Li-ion の実効は 85〜90% であり、10〜15% の net 減少が生じる。Degradation:capacity fade を無視している。年間 1.5〜3% の容量減少が実運用では生じる。非 spot 収益の未反映:需給調整市場・容量市場・インバランスを含まない。現状日本では、需給調整市場からの収益が総収益の 20〜40% を占める可能性がある。
よって、実稼働 BESS の net spot arbitrage 収益は本 benchmark の 40〜60% レンジに落ちることが見込まれる。一方、非 spot 収益を加えた total revenue の定量化については、v0.2 以降で扱う。
9. 計算手法と再現性
- データソース
- JEPX スポット市場約定結果
- 対象期間
- 2011/1/1 〜 2025/12/31(15 完全暦年、約 5,475 delivery days)
- 算出式
- 日ごと・エリアごとに 48 コマの半時間価格を昇順にソートし、N 時間 duration について上位 2N コマの平均と下位 2N コマの平均の差を日次スプレッドとした。日次収益 = N × 日次スプレッド。年間 benchmark = 当該年の日次収益の和。
- 粒度
- JEPX のネイティブ粒度である 30 分で計算。
- 前提
- 最安値で充電・最高値で放電する事後最適ディスパッチ(完全予見、perfect foresight)、1 cycle/day、RTE = 100%、price taker、spot only、gross of tax / 託送料 / OPEX、degradation 無視。前提の全文は methodology に開示している。
データソース
- JEPX スポット市場データ
- 日本卸電力取引所(JEPX)。30分スポット市場決済実績、2011〜2025年。公開データ。jepx.or.jp
- 経済産業省 — エネルギー白書
- 経済産業省(METI)。エネルギー白書(各年版)。meti.go.jp
- OCCTO — 需給計画・連系線データ
- 電力広域的運営推進機関(OCCTO)。長期需給見通しおよび連系線運用容量データ。occto.or.jp
- 経済産業省 — 蓄電池導入実績
- 経済産業省(METI)。蓄電池の導入実績データ、各種プレスリリース。
- 九州電力 — 太陽光出力制御データ
- 九州電力株式会社。九州エリアにおける太陽光発電の出力制御実績(2018〜2025年)。kyuden.co.jp
おわりに
本稿は Japan BESS Arbitrage Index (30-min) by Meridian138° の v0.1 である。15 年のデータに基づき、対象は JEPX スポット市場の理論最大値のみである。今後のリリースでは、RTE 85% の sensitivity 変種、需給調整市場の revenue layer、実稼働 dispatch データを統合した realised revenue 指数などを順次追加する予定である。
本 benchmark に対する feedback をいつでも歓迎いたします。
— Meridian138° / 2026 年 4 月
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